序章:ある役員の、静かな呟き
『本当は、こんなはずじゃなかった』
それは、数億円の予算を投じた、ある巨大な変革プロジェクトの終盤でした。クライアントの担当役員が、分厚い最終報告書を前に、力なく呟いた言葉が、今も私の耳から離れません。
提案書には、著名な書籍の執筆者や、業界の第一人者である高名なパートナーの名前が、綺羅星のごとく連なっていました。彼らと共に、会社の未来を創れる。クライアントは、そう信じていました。
しかし、現実はどうだったか。 プロジェクトが始まると、高名なパートナーたちは最初の挨拶に顔を見せるだけ。実際の現場を動かすのは、熱意はあるものの、経験の浅い若手コンサルタントたち。彼らは、契約書に記された「成果物」を、ただ忠実に作成するだけの“作業”に追われていました。
結果として彼のデスクに届けられたのは、論理的には完璧で、美しい装丁の、しかし、彼が本当に求めていた**「魂」**が、どこにも感じられない報告書でした。 そして、その報告書が、会社の変革に貢献することなく、書棚の肥やしになる未来を、彼はすでに予感していたのです。
第一章:変革を阻む「利益の方程式」
なぜ、このような悲劇が、業界のトップファームでさえ、日常的に繰り返されるのでしょうか。 それは、コンサルティングファームというビジネスモデルそのものに、構造的な欠陥が内包されているからです。
その秘密を解き明かす鍵は、彼らの経営を支配する、いくつかのアルファベットに隠されています。
- NSR (Net Service Revenue): クライアントからいただく、純粋な報酬額。
- TC Cost (Time Charge Cost): プロジェクトに従事するコンサルタントの人件費。
- EGM (Engagement Gross Margin): プロジェクトの粗利。計算式は EGM = NSR – TC Cost です。
会社の利益を最大化するためには、NSR(報酬額)を最大化し、TC Cost(人件費)を最小化して、**EGM(粗利)**を大きくする必要があります。 この、あまりにも合理的で、強力な「利益の方程式」が、現場に以下のような行動を、半ば強制的に促します。
- NSR(報酬額)の最大化: 案件を獲得するため、提案書には高名なパートナーの名前を連ね、クライアントの期待値を最大限に高めます。彼らの名前が、単価を吊り上げるための「ブランド料」として機能するのです。
- TC Cost(人件費)の最小化: しかし、実際にプロジェクトが始まれば、単価の高いパートナーはほとんど関与しません。実際の作業は、単価の安い、経験の浅い若手コンサルタントが中心となって行います。
- EGM(粗利)の確保: 現場のマネージャーは、この構造の中で、限られた人件費と時間で、契約書通りの成果物を「それらしく」作り上げ、納品することに全力を注ぎます。
結果として生まれるのは、クライアントが本当に求めていた「事業の成功」ではなく、ファームの利益を最大化するための**「魂のない、完璧な成果物」**なのです。
第二章:「FIRE FIGHTER」という名の喜劇
この構造的欠陥の、最も痛ましい象徴と言える出来事があります。 私が在籍したファームで、ある年から新設された「FIRE FIGHTTER」という社内アワードでした。 クライアントの期待値と、納品された成果物のギャップによって発生した「炎上案件」を、見事に鎮火させた“勇者”を称える賞だというのです。
これは、喜劇でしょうか。それとも、悲劇でしょうか。 自らが作り出した構造的欠陥(炎上)を、個人の超人的な努力(火消し)によって解決させ、それを称賛する。この倒錯した文化こそ、業界が抱える病の根深さを物語っています。
クライアントの「こんなはずじゃなかった」という涙。 疲弊し、魂をすり減らしていく現場のコンサルタントたち。 そして、その構造を変えることなく、ただ利益だけを享受する、一部の経営層。
その全てを当事者として経験した時、私は、もはやこの世界の内部から変革を起こすことは不可能だと悟りました。
結論:あなたの「変革」が失敗する、本当の理由
あなたの会社の変革が、高価な報告書だけで終わってしまうのだとしたら。 それは、あなたのせいでも、現場の担当者のせいでもありません。 それは、あなたと共に走るべきパートナーが、あなたと同じゴールを見ていないからです。 彼らは、あなたの会社の「変-革の成功」ではなく、自社の「EGM(粗利)の最大化」を目的関数として動いているのです。
では、論理を信奉するコンサルティングファームが、構造的な欠陥を抱えているのだとしたら。 その対極にいる、情熱的なアイデアを武器とするクリエイティブエージェンシーや、スタートアップにこそ、答えはあるのでしょうか。
次回の記事では、その「物語だけの罠」について、お話ししたいと思います。
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