序章:あなたの会社の「ビジョン」は、生きているか
前回の記事で、私たちは、企業を絶滅に導く二つのDNA、「ネアンデルタール(科学偏重)」と「武器なきサピエンス(物語偏重)」の存在を明らかにしました。 では、その両者を融合させるには、どこから手をつければいいのでしょうか。
多くのリーダーは、「まず、素晴らしいビジョン(物語)を掲げることからだ」と考えます。 そして、外部の専門家を招き、何ヶ月もかけて、美しく、壮大で、誰からも反対されない「完璧なビジョン」を策定します。完成したビジョンは額縁に飾られ、ウェブサイトのトップを飾ります。
しかし、その数ヶ月後。 そのビジョンを基準に、何か重要な意思決定が下されたでしょうか。 現場の社員は、そのビジョンを自分の言葉で、情熱を持って語ることができるでしょうか。
おそらく、答えは「No」でしょう。 なぜなら、そのようにして作られたビジョンの多くは、策定された瞬間に**「死んでいる」**からです。
第一章:なぜ、ほとんどのビジョンは“死ぬ”のか
死んだビジョンには、共通する特徴があります。 それは、**「経営陣やコンサルタントによって“発明”された、外部の言葉である」**ということです。
それは、市場のトレンド、競合の動向、経営学のフレームワークといった「科学」を駆使して、論理的に正しく構築されています。しかし、その正しさゆえに、その組織で働く生身の人間の、歴史や、感情や、暗黙の価値観から切り離されてしまっているのです。
結果として、社員たちはそのビジョンを「会社が新しく決めた、立派なスローガン」として認識はしますが、自らの魂が“共鳴”することはありません。 魂が共鳴しない言葉は、決して人の行動を変えることはない。 これが、ほとんどのビジョンが、壁の“お飾り”で終わってしまう理由です。
第二章:リーダーの仕事は、発明家ではなく「考古学者」
では、生きているビジョン、機能するビジョンとは、何なのでしょうか。
それは、発明する(Invent)ものではなく、発掘する(Discover)ものです。
本当に力を持つ物語は、常にあなたの組織の内部に、すでに存在しています。 創業者が会社を立ち上げた時の最初の想い。市場を熱狂させた過去の製品に込められた哲学。会社が最も困難な危機を乗り越えた時の記憶。そして、社員たちが給料以外で「この会社が好きだ」と語る、その言葉の端々(はしばし)に、「古代遺跡」のように、眠っているのです。
リーダーの真の役割は、未来を発明する「発明家」ではありません。 分厚いKPIや市場データという地層の下に埋もれた、自社の価値の源泉(物語)を、丁寧に掘り起こす**「考古学者」**であるべきです。
なぜなら、その発掘された物語には、会社の歴史と、そこで働いてきた人々の汗と涙が染み込んでいるからです。それは、誰にも模倣されることのない、貴社だけの**「企業DNA」**そのものです。 人々は、外部から持ち込まれた借り物の物語ではなく、自らのルーツに根差した、本物の物語にこそ、魂を揺さぶられるのです。
結論:変革は、思い出すことから始まる
私が大手事業会社で新規事業を率いた際、最初に行ったのは、未来の議論ではなく、過去への旅でした。 退職したOBや、古参の職人たちに、ただひたすら「この会社が、最も輝いていたのはいつでしたか?」と問い続けたのです。 そこで発掘されたのは、経営陣さえ忘れていた、ある製品の物語でした。
その物語こそ、その会社が失っていた「魂」でした。 私たちは、その物語を現代の文脈で再解釈し、新しい事業のビジョンとして蘇らせました。 そのビジョンは、誰の反対も受けませんでした。 なぜなら、それは発明された新しいものではなく、**社員全員が、心のどこかでずっと知っていた「記憶」**だったからです。
「科学」と「物語」の融合。 その第一歩は、新しい物語を「発明」することではありません。 まず、自社に眠る本物の物語を**「発掘」し、「自分たちは、本当は何者だったのか」**を思い出すことから始まるのです。
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